僕と彼女の長年に渡る友人関係に変化の兆しが現れたのは、今から1年半ほど前、2014年の9月頃だった。
仕事のことで相談があると親友に呼び出され、ほどほどに酔いが回った居酒屋のテーブル。
突然姿勢を改めた彼の口から、一気に場の空気を冷やす一言が発せられた。
「妻がガンを宣告されたんだ」
それまでも親友とは外でちょくちょく会っていたけど、彼女と顔を合せるのは3,4ヶ月に1度ぐらい、彼女とその夫である親友のお宅を訪ねてハウス・パーティー、というより酒盛りの機会のみだった。
お互い結婚して、子供も産まれ、自然に顔を合せる機会は減っていた。
でも僕と彼女は本当に古い友人同士で、それこそこの親友も彼女経由で知り合った男だし、それ以前、お互いの歴代彼女や彼氏たちも大方把握している。
中学時代から仲の良いグループにいた。
成人して酒の味を覚えると、毎週末顔を合せては飲み歩く仲間の一人になっていた。
彼女が美人でモテていることはよく知っていたけど、だからといって恋愛対象にはならず、2人で飲む機会があってもバカ話をしては大口を開けて笑うような間柄だった。
彼女がガンを宣告された。。。
強く頭を打たれたように感じながらも、身近でガン患者を何人か見てきた僕は比較的冷静だった。
ステージや病院、今後の治療や入院時期について矢継ぎ早に彼に質問する。
きっと把握しているだろうと思ってのことだったが、驚いたことに彼はほとんど事情を知らない。
妻がガンになった妻がガンになったと涙目で繰り返すのみ。
「いまの段階で泣いていいのは奥さんだけだろう。
お前は気を強くもって奥さんを支えないといけない立場だ。
しっかりしろ」
口が酸っぱくなるほど繰り返すが、親友はますます酒をあおっては一人になりたくないと涙を流す。
…そりゃショックだよな。
もちろん分からないではない。
ただ、今は酒に逃げてる場合じゃないぜ。
そう思う僕の酔いはますます抜けていき、頭の芯がヒンヤリと冴えてくるのを感じていた。
そして口に出さずに決心する。
僕が彼女を支えよう、と。